オーストラリア出身の彫刻家ロン・ミュエク(Ron Mueck)の個展が、六本木ヒルズ森タワー53階の森美術館で開かれています。日本では18年ぶり、2度目となる大規模個展です。
人間をそのままの姿で写し取ったようなリアリティと、実物から大きく外れたサイズ。この2つが同時に来ることで、鑑賞者は「これは何を見ているのか」という宙吊りの状態に置かれます。実際に会場を歩いて撮影した写真とともに、展示の構成と見どころを整理しました。

この記事でわかること
- ロン・ミュエクという作家の位置づけと作品数の少なさ
- 本展の構成と、展示されている主要作品それぞれの見どころ
- 目玉となるインスタレーション《マス》の規模と意味
- 鑑賞前に知っておくと体験が変わるポイント
- 開催概要(会期・会場・料金)
ロン・ミュエクとは何者か
ロン・ミュエクは1958年、オーストラリア・メルボルン生まれ。現在は英国を拠点としています。1997年にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開催された「センセーション」展への参加で一気に注目を集め、以後世界各地で個展を重ねてきました。
特筆すべきは作品数です。1点の制作に数か月から数年をかけるため、過去30年間で発表した作品は49点にとどまります。年に1〜2点というペースで、彫刻というより「一体ずつ生み出している」と言ったほうが近い制作姿勢です。
日本では青森の十和田市現代美術館に《スタンディング・ウーマン》(2007年)が常設展示されており、そちらで作品を見たことがある方もいるでしょう。
日本では18年ぶり、2度目の個展
本展はミュエクとカルティエ現代美術財団の長年の関係から生まれた企画で、2023年のパリを起点に、ミラノ、ソウルを巡回して東京にやって来ました。日本での個展は2008年に金沢21世紀美術館で開かれた回顧展以来、18年ぶりの2度目です。
出品は初期の代表作から近作まで11点。うち6点が日本初公開となります。総作品数が49点しかない作家の11点ですから、全作品の5分の1以上がこの1フロアに集まっている計算になります。
展示は制作年順ではなく、森美術館の空間特性に合わせて初期作と近作を織り交ぜる構成が採られています。順路を進むにつれてスケールと光の条件が切り替わり、同じ作家の作品とは思えない振れ幅を体験することになります。
展示作品と見どころ
《枝を持つ女》(2009年)

展示はこの日本初公開作から始まります。裸の女性が、自分の体より大きな枝の束をなんとか抱え上げようとしている姿。皮膚の質感や力の入った腕は徹底してリアルなのに、なぜ裸なのか、どういう場面なのかは一切説明されません。
ミュエクは自作についてほとんど語らない作家です。解釈は鑑賞者に委ねられており、その姿勢が最初の1点で明確に示されます。
《イン・ベッド》(2005年)

次の展示室では、巨大な女性がベッドに横たわっています。長さ約6.5メートル、幅約4メートル。ベッドの高さが鑑賞者の目線あたりに来るため、自分が小さくなってしまったような感覚に陥ります。
やっていることは「ベッドで物思いにふけっている」という、ごく日常的な一場面です。それがこのスケールで提示されると、彼女が何を考えているのかが急に重大な謎として立ち上がってきます。
《若いカップル》(2013年)

こちらは実物より小さくつくられた10代のカップル。正面から見ると仲の良い2人ですが、背後に回ると男性が女性の手首を強くつかんでいることに気づきます。
ミュエクの作品は、立ち位置を変えると情報が増える構造になっているものが多くあります。一周して見ることを前提に設計されていると考えたほうがよいでしょう。
《エンジェル》(1997年)

初期の代表作で、個人蔵のため公開機会が限られる作品です。本展でも日本初公開となります。18世紀イタリアの画家ティエポロの作品をロンドンのナショナル・ギャラリーで見たことが制作のきっかけになったといいます。
幸福の象徴という天使のイメージとは程遠く、スツールの上で頬に手を当て、気力なく視線を落としています。会場内でここだけが自然光の入る空間で、地上53階から差し込む光の中に置かれている点が効いています。ライティングを極めて重視する作家が、あえてこの部屋を選んだ意図を考えたくなる一室です。
夜間は窓のひさしが上がり、背後に夜景が広がります。日中と夜で見え方が変わる作品なので、時間帯を変えて再訪する価値があります。
《ダーク・プレイス》(2018年)

彫刻を包む暗闇を作品の構成要素として取り込んだ、日本初公開作。暗い入口を抜けると、何もない空間に巨大な男性の顔だけが浮かび上がっています。
周囲に情報がないため、視線が顔に固定されます。作品と1対1で向き合わされる、本展でもっとも緊張感のある展示室でした。
《マスクII》(2002年)

眠りに落ちた作家自身の顔を約4倍のスケールで表した自画像。ひげの1本1本、毛穴、まぶたの皮膚まで再現されており、正面から見ると生々しさに気圧されます。
ところが裏側に回ると、内部は空洞です。これほどリアルなものが実体のない「仮面」に過ぎないという事実が突きつけられる。現実と非現実のバランスというミュエクの主題が、もっとも端的に表れた作品だと思います。
《チキン/マン》(2019年)

高さ90センチほどにつくられた下着姿の老人が、テーブルの上の鶏と正面から向き合っています。作家の知人をモデルにした作品で、常に何かに憤っているその人物の佇まいに興味を持ったことから生まれたそうです。
重い作品が続いた流れの中で、ここだけは思わず笑ってしまう可笑しさがあります。スケールと切り取る場面を変えるだけで印象がここまで変わるということが、隣り合った展示室を歩くとよくわかります。
《買い物中の女》(2013年)

コートの懐に赤ん坊を抱き、片手にレジ袋を下げた母親。実際の人間よりはるかに小さくつくられており、それによって疲労感や心細さが際立ちます。
赤ん坊は母親の顔をまっすぐ見つめているのに、母親の視線は虚空をさまよっている。作家がロンドン北部のスタジオ近くの交差点で実際に見かけた母親を、その場でスケッチして制作したものだといいます。半透明のレジ袋から透けて見える食材まで再現されており、日常の中の切実さが手触りを持って伝わってきます。
圧巻のインスタレーション《マス》

本展の目玉は、巨大な頭蓋骨の彫刻100点で構成されるインスタレーション《マス》です。2017年のNGVトリエンナーレ(メルボルン)で初公開され、その後フランス、イタリア、オランダ、韓国を巡回してきました。
展示室の構造に合わせて毎回積み方を変えるサイトスペシフィックな作品で、森美術館では約300平米の空間に展開されています。人の背丈ほどある頭蓋骨が積み重なった隙間を、縫うように歩いて進む構成です。
照明の当たり方で1点ごとに表情が変わり、同じ形のものが並んでいるという感覚にはなりません。世界各地で暴力による死が日常的に起きている現在において、「メメント・モリ(死を忘れるな)」というメッセージがそのまま届いてきます。
写真ではスケールが伝わりにくい作品です。ここだけのために足を運ぶ価値があると感じました。
ゴーティエ・ドゥブロンドによるスタジオ記録

会場では、フランスの写真家・映画監督ゴーティエ・ドゥブロンドが25年以上にわたって記録してきたミュエクのスタジオと制作風景も公開されています。ロンドンおよびワイト島のスタジオで撮られた写真と映像です。

粘土の原型、型取り、塗装、植毛といった工程が断片的に写り込んでおり、完成した彫刻のあの質感がどうやって出されているのかが少しずつ見えてきます。作品を見てからこの記録に戻ると、印象がはっきり変わります。順路の中で飛ばさず時間を取ることをおすすめします。
鑑賞前に知っておきたい4つのポイント
1. 必ず一周して背面から見る
《若いカップル》の手首、《マスクII》の空洞のように、正面から見えない位置に作品の核心が置かれていることがあります。正面で撮って次へ進むと、半分見逃すことになります。
2. 光の条件を意識する
自然光の《エンジェル》、暗闇の《ダーク・プレイス》、照明で表情が変わる《マス》。ミュエクは展示のライティングを極めて重視する作家で、光そのものが作品の一部として設計されています。
3. 作品数は少ないが、1点あたりの時間は長い
11点と聞くと少なく感じますが、1点ごとに立ち位置を変えて見ることになるため、滞在時間はそれなりに必要です。同時開催のMAMコレクション、MAMスクリーン、MAMリサーチも同じチケットで見られるため、館内全体では余裕を持った時間配分をおすすめします。
4. 夜間の来館も選択肢に入れる
森美術館は基本的に22時まで開館しており(火曜は短縮)、仕事終わりでも間に合います。夜は《エンジェル》の背後に夜景が広がり、日中とは異なる見え方になります。日中の混雑を避けたい場合も夜間が有利です。
「ロン・ミュエク」展 開催概要
| 展覧会名 | ロン・ミュエク(Ron Mueck) |
|---|---|
| 会期 | 2026年4月29日(水・祝)〜9月23日(水・祝)/会期中無休 |
| 会場 | 森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階) |
| 住所 | 東京都港区六本木6-10-1 |
| 開館時間 | 10:00〜22:00(火曜は17:00まで/最終入館は閉館30分前) |
| 当日料金(平日) | 一般 2,300円/高校・大学生 1,400円/65歳以上 2,000円/中学生以下 無料 |
| 当日料金(土日祝) | 一般 2,500円/高校・大学生 1,500円/65歳以上 2,200円/中学生以下 無料 |
| 出品点数 | 11点(うち日本初公開6点) |
| 主催 | 森美術館、カルティエ現代美術財団 |
料金・開館時間・入館方法(日時指定予約の運用を含む)は変更される場合があります。来館前に必ず森美術館の公式サイトで最新情報をご確認ください。オンラインで購入する前売券は当日券より安く設定されています。
なお会場内は作品の撮影が可能でしたが、撮影・SNS投稿に関するルールは作品や時期によって異なる場合があります。現地の案内表示とスタッフの指示に従ってください。
まとめ
- ロン・ミュエクは30年で49点しか発表していない寡作の彫刻家。本展はそのうち11点(日本初公開6点)を集めた、日本では18年ぶり2度目の個展
- リアリティとスケールのずれによって、日常的な場面が謎として立ち上がる。作品の意味は説明されず、解釈は鑑賞者に委ねられる
- 目玉は約300平米に巨大な頭蓋骨100点を展開する《マス》。写真ではスケールが伝わらないため現地で見る価値が高い
- 背面からの鑑賞、光の条件、ドゥブロンドによるスタジオ記録の3点を押さえると体験の質が上がる
現代アートに詳しくなくても「本物そっくりなのにサイズがおかしい」という一点だけで十分に成立する展示です。予備知識は不要ですが、背面に回る癖をつけておくと得られるものが増えます。会期の終盤は混雑しやすいため、時間に余裕を持って訪れてください。
出典
出典:森美術館「ロン・ミュエク」展 公式サイト
元記事URL:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/ronmueck/
出典:美術手帖「『ロン・ミュエク』展(森美術館)開幕レポート」(2026年4月29日)
元記事URL:https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/32442
※作品名・制作年・寸法・出品点数などの基本情報は上記出典に基づきます。展示風景の写真は筆者が会場で撮影したものです。


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