Claude を開発する米 Anthropic(アンソロピック)は、2026年10月26日(米国時間)に米証券取引委員会(SEC)へ新規株式公開(IPO)のための登録届出書「Form S-1」を提出しました。上場先は米ナスダック(Nasdaq Global Select Market)で、ティッカーは「ANT」です。公募価格と株数はまだ決まっていません。
この記事では、SEC に提出された S-1 の本文をもとに、上場の概要、売上と赤字の中身、創業者と信託が議決権を握る独自の株式構造、日本の投資家に関係する点を整理します。数値はすべて S-1 に記載されたものです。
S-1とは?日本の有価証券届出書・目論見書に当たる書類
S-1 は、米国で株式を公開しようとする企業が SEC に提出する登録届出書です。投資家に交付する目論見書(prospectus)が中に含まれており、事業内容、財務諸表、リスク要因、経営陣の報酬、株式の仕組みなどが載っています。日本でいえば、上場時に提出する有価証券届出書と目論見書を合わせたような位置づけです。
今回の S-1 は、価格や株数の欄が空白の「仮目論見書」です。届出の効力が生じるまで株式は販売できず、記載内容も今後の訂正(S-1/A)で変わる可能性があると表紙に明記されています。
上場の概要:ナスダックに「ANT」で上場予定、価格は未定
| 項目 | S-1 の記載 |
|---|---|
| 提出日 | 2026年10月26日(米国時間) |
| 発行会社 | Anthropic, PBC(デラウェア州の公益法人。2021年1月設立) |
| 上場予定市場 | Nasdaq Global Select Market |
| ティッカー | ANT |
| 売り出す株式 | クラスA普通株式(会社による新株発行と、既存株主による売出しの両方) |
| 公募価格・株数 | 未定(S-1 では空欄) |
| 引受証券会社 | 表紙の筆頭は Goldman Sachs と Morgan Stanley(引受団は計22社) |
| 手取金の使途 | 運転資金、コンピュート(計算資源)とインフラへの投資、人材の採用と定着など一般的な事業目的 |
| 米国外での公募 | オーストラリア、カナダ、欧州経済領域の一部、日本、スイス、英国(これらの国の取引所への上場予定はなし) |
既存株主の売出し分については、Anthropic に代金は入りません。また、2026年9月17日にクラスA・クラスN株式の1株を10株に分ける株式分割を済ませており、S-1 の株数・1株あたりの数値はこの分割を反映しています。
売上は半年で約163億ドル、前年同期の約14倍
S-1 の要約財務データを、億ドル単位に直して整理しました(小数第2位を四捨五入。▲は損失)。
| 項目 | 2023年 | 2024年 | 2025年 | 2025年1〜6月 | 2026年1〜6月 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 0.4 | 3.9 | 45.9 | 11.6 | 162.9 |
| 営業損益 | ▲5.5 | ▲29.8 | ▲80.6 | ▲21.4 | ▲6.9 |
| 転換社債などの公正価値の変動 | ▲10.5 | ▲54.3 | ▲343.1 | ▲109.4 | ▲723.9 |
| 純損益 | ▲15.3 | ▲83.1 | ▲419.7 | ▲129.7 | ▲807.5 |
| 調整後営業損益(非GAAP) | ▲5.2 | ▲27.9 | ▲48.5 | ▲18.5 | 16.2 |
売上は 2023年の約4,100万ドルから、2025年には約45.9億ドルまで伸びました。2026年1〜6月の半年だけで約162.9億ドルと、前年同期(約11.6億ドル)の約14倍です。S-1 によると、2026年4〜6月期の売上は前年同期比で1,368%増えた一方、コンピュートとインフラの費用は300%増にとどまっています。
費用で最も大きいのはコンピュートとインフラで、2026年1〜6月は約89.5億ドルでした。人件費(約31.5億ドル)と、販売・マーケティング・パートナーシップ費(約31.7億ドル)がこれに続きます。2025年には、著作権侵害の集団訴訟(Bartz 訴訟)の和解金15億ドルを費用に計上しています。この和解は2026年7月に地方裁判所の承認を受けたと S-1 に書かれています。
約807億ドルの純損失は、大半が事業ではなく評価損
2026年1〜6月の純損失は約807.5億ドルと巨額ですが、事業そのものの赤字(営業損失)は約6.9億ドルです。差の大部分は、転換社債などの公正価値の変動による約723.9億ドルの評価損が占めています。
S-1 は、この評価損の主因を「企業価値の上昇によって、発行済みの転換社債の公正価値が上がったこと」と説明しています。株式に転換できる社債は、会社の価値が上がるほど負債としての評価額も上がり、その増加分が損失として計上されます。現金が出ていく損失ではなく、会社の評価が高まったことの裏返しという性格のものです。このほか同期間には、その他の費用(純額)として約87.6億ドルも計上されています。
会社が示す非GAAP指標(株式報酬費用などを除いた調整後の数値)では、2026年1〜6月の調整後営業利益は約16.2億ドル、調整後営業利益率は10%と黒字に転じています。ただし非GAAP指標は会社独自の定義による数値なので、GAAP(米国会計基準)の数値と並べて見る必要があります。
2026年6月30日時点の現金・現金同等物と短期投資の合計は約1,316.5億ドルです。一方で株主資本は約1,276.2億ドルのマイナスです。これには、償還条項付きの転換優先株式(約1,575.1億ドル)が株主資本とは別に計上されていることが影響しています。優先株式は上場直前にすべて普通株式へ転換される予定で、S-1 には転換後の試算(プロフォーマ)の欄も設けられていますが、金額はまだ空欄です。
顧客は企業中心、年間100万ドル以上の顧客が1,900社超
S-1 は、直近12か月の支払額が10万ドル以上の顧客を「企業での採用」の指標にしています。2026年9月30日時点の顧客数は次のとおりです。
- 年間10万ドル以上の顧客:11,900社超(1年前の2025年9月30日時点は950社超)
- 年間100万ドル以上の顧客:1,900社超
- 年間1,000万ドル以上の顧客:約250社
既存顧客の支出が1年でどれだけ増えたかを示す売上継続率(Net Revenue Retention)は、約900%でした。Fortune 500 企業の50%超が年間10万ドル以上の顧客になっているとも記載されています。
売上の内訳は、トークン(AI が処理するデータの単位)の使用量に応じた従量課金が中心です。2026年1〜6月は従量課金が約131億ドル(売上の80%)、Claude Pro・Max などの定額サブスクリプションが約32億ドル(20%)でした。
顧客の集中度については、2026年1〜9月に売上の10%を超えた単一の顧客はいないものの、上位5社で売上の約25%を占めています。リスク要因の節では、上位顧客の多くが長期契約を結んでいない、または契約期限が近いことも挙げています。
議決権の過半は創業者と信託が持ち、一般株主の影響力は限られる
投資家が最も注意すべきなのが、株式の仕組みです。Anthropic は公益法人(Public Benefit Corporation、PBC)で、取締役には株主の経済的利益だけでなく、事業の影響を受ける人々の利益と「人類の長期的な利益のための先進的な AI の責任ある開発と維持」という公益目的との釣り合いをとる義務があります。
そのうえで、上場後は5種類の普通株式が並びます。
| 種類 | 保有者 | 議決権 | 経済的権利 |
|---|---|---|---|
| クラスA | 一般投資家など(今回売り出す株式) | 1株1票 | あり |
| クラスN | 主に戦略的な事業パートナー | 原則なし | あり(第三者に譲渡するとクラスAに転換) |
| クラスT(1株) | 長期利益信託(LTBT) | 取締役の過半数を選任・解任 | なし |
| クラスF(1株) | 共同創業者7人が出資する Founder LLC | 全議決権の50.1% | なし |
| クラスE | 共同創業者を除く従業員 | 限られた事項のみ | なし |
長期利益信託(LTBT)は、AI の安全性や安全保障、公共政策の専門家で構成する独立した組織で、経済的な利害関係を持たない受託者が運営します。クラスT株式を通じて取締役会の過半数を選ぶ権限を持ちます。残りの取締役の選任などの株主投票では、Dario Amodei 氏(CEO)と Daniela Amodei 氏(社長・取締役会議長)を含む共同創業者7人の Founder LLC が、クラスF株式1株で議決権の50.1%を握ります。
このため Anthropic は、ナスダックの規則上の「支配株主のいる会社(controlled company)」に当たります。S-1 自身もリスク要因として、この構造が「クラスA株主が支配権の移動を含む重要な決定に影響を及ぼす能力を実質的になくす可能性がある」と書いています。クラスA株を買っても、経営への発言力はほとんどないと理解しておくべきでしょう。
公益目的の取り組みとして、Anthropic は2026年6月30日時点の完全希薄化後株式の5%に当たるクラスN株式(846,840,960株)を、子会社の Anthropic Public Benefit Fund に拠出しました。取締役会は、株価が前回の基準価格から50%上がるたびに、発行済み株式の最大2%を追加で同ファンドに発行できる枠組みも承認しています。株価が上がるたびに新株が出る可能性があるという意味で、既存株主にとっては希薄化の要因になります。共同創業者はそれぞれ、自身の持ち株の80%を慈善目的に充てると誓約しています。
S-1 が挙げる主なリスク:計算資源、AI の想定外の挙動、規制
リスク要因の要約から、AI 企業ならではの項目を中心に抜き出します。
- 最先端の AI モデルを開発し続けられなければ、事業に悪影響が出る
- 十分なコンピュートを確保できない、または配分を誤ると、競争力のあるモデルを訓練できない
- 悪意ある利用や安全対策の失敗で AI が害を生んだ場合、評判や業績が損なわれる
- AI モデルが意図しない、あるいは自律的な形で振る舞い、誰も指示していない有害な行動をとる可能性がある
- AI による損害の賠償責任や訴訟に対し、契約上の保護や保険が足りない可能性がある
- 計算資源を頼る少数のクラウド事業者が、出資者や顧客を兼ねており、利益相反が生じうる
- 規制や政治の環境が変われば、費用の増加や事業の制限につながる
計算資源への支出の約束も大きく、S-1 は2045年までにわたる多額の購入契約やリース契約を結んでいると説明しています。ただし契約総額などの金額は、今回の S-1 では空欄のままです。
日本の投資家は買える?日本での公募は予定、詳細は未発表
S-1 の引受の節には、今回の募集に日本での公募が含まれると書かれています。ただし日本の取引所に上場する予定はなく、上場先はナスダックだけです。
日本でどの証券会社が取り扱うのか、申込みの方法や時期はどうなるのかは、S-1 には記載がありません。公募価格や株数も決まっていないため、現時点で個人が準備できることは限られます。IPO での購入を考えている方は、今後の訂正届出や、取り扱いを発表する証券会社の公式情報を待つのが確実です。上場後であれば、米国株を扱う証券会社を通じて市場で売買する形になります。
まだ決まっていないこと
- 公募価格の仮条件(価格帯)と、売り出す株数
- 上場日・受け渡し日
- 調達額(手取金の見込み額)
- 2026年7〜9月期の売上高と、年換算売上(Run-Rate Revenue)の数値
- 日本での取扱証券会社と申込みの方法
これらはいずれも S-1 で空欄になっており、今後の訂正届出で埋まる見込みです。
よくある質問
Q. Anthropic はいつ上場しますか?
A. 上場日は S-1 に記載がなく、未定です。SEC への届出の効力が生じ、公募価格が決まった後に上場します。
Q. 赤字が807億ドルもあるのに上場できるのですか?
A. 純損失の大部分は、企業価値の上昇で転換社債などの評価額が増えたことによる会計上の損失(約723.9億ドル)です。事業の赤字にあたる営業損失は約6.9億ドルで、会社が示す調整後営業利益は約16.2億ドルの黒字です。
Q. 株を買えば経営に意見を言えますか?
A. 一般投資家が買うクラスA株式は1株1票ですが、議決権の50.1%を創業者の Founder LLC が持ち、取締役の過半数は長期利益信託(LTBT)が選びます。クラスA株主の影響力は限られると S-1 自身が説明しています。
Q. Claude の料金やサービスに影響はありますか?
A. S-1 の要約と手取金の使途の節では、料金やサービス内容の変更には触れていません。手取金はコンピュートやインフラへの投資、人材の採用などに充てるとしています。
まとめ:急成長の数字と、株主の権利が限られる構造の両方を見る
Anthropic の S-1 からは、半年で約163億ドルという売上の急拡大と、年間100万ドル以上を支払う企業顧客の厚みが読み取れます。巨額の純損失は主に評価損によるもので、事業の損益は黒字に近づいています。
その一方で、議決権の過半は創業者と信託が握り、公益目的のための新株発行の枠組みもあります。株価の上昇と経営への発言力を同じように期待できる、一般的な上場企業とは性格が異なります。日本での公募も予定されているので、関心のある方は、価格帯などを埋めた訂正届出が出た段階で、改めて目論見書の内容を確認するのがよいでしょう。
※本記事は S-1 の記載内容を紹介するもので、特定の有価証券の取得を勧めるものではありません。投資の判断はご自身でお願いします。
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出典:Anthropic「Anthropic files S-1 with the SEC for proposed initial public offering」(2026年10月26日)
元記事URL:https://www.anthropic.com/news/s1-sec
出典:米国証券取引委員会(SEC)EDGAR「Anthropic, PBC Form S-1」(2026年10月26日提出)
元記事URL:https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/2130357/000162828026067168/anthropicpbc-sx1.htm


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